政治家の嫁
こんにちは。ピン子です。
雅はとても優しく、怒ったりしない人でした。
いつも私のしたいようにして良いと気持ちを尊重してくれました。
そして雅は自分の生まれ育った町をとても大事にしていて、もっと住みやすい町にするため熱い想いをもっており、将来は政治家を目指していました。
選挙に当選するためには「ジバン(地盤)」「カンバン(看板)」「カバン(鞄)」の3ツのバンが必要だと言われています。
現在は選挙権も18歳からと引き下げられましたし、多少状況も変わってきているようですが、日本は世襲政治家がとても多く、無名新人が当選するのはまだまだ厳しい時代でした。
地盤というのは人脈を指しますが、世襲候補は親から引き継いだ後援会など、盤石な支持者の組織を持っています。
雅は人脈を広げる為、異業種交流会や、ボランティア活動など様々なイベントに熱心に参加していました。
私はというとパートで働いていましたが、雅の紹介で、お世話になっている市議会議員の選挙事務所で様々なお手伝いをしながら勉強もさせてもらっていました。
雅は色々負担かけてごめんなと言ってくれましたが、私は人見知りもなく、社交的な性格なので苦ではありませんでした。
そしてこの活動が、その後の私の苦境から救ってくれることになったのです。
重症かも?
夜仕事に出掛け、お昼に少し寝た後夕方には出かけ、そのまま夜仕事に向かう雅。
朝仕事に行き、夕方帰る私。
すれ違いが続き雅の体調が気になりながらも、私達は俗にいうセックスレスだということにふと気づきました。
連絡はマメに取り合っていて、不仲という感じではなかったので、気にならないまま時間だけ過ぎていたのです。
そして私の誕生日の朝。
「ランチ行こう!迎えに帰るから出かける用意して待ってて。」
と雅から電話がありました。
嬉しい気持ちで準備を整え、車で出かけました。
どこに連れて行ってくれるのか聞くと
「関空(関西国際空港)。新しい滑走路ができたらしいから見に行きたかってん。滑走路が見えるお店予約してるから。」
関空で食事?どこやろ?まぁいっか。楽しみ♪
関空に着き、トイレに行くと言って帰ってきた雅が、ふと紙切れをくれました。
見ると沖縄行の搭乗券です。
???
「旅行やで。ホテルも予約してる。」
と言うのです。
「やったー!嬉しい!沖縄行ったことない~!っていうか、私手ぶらやしダウン着ておかしない?」
「向こうで全部買い揃えれば良いよ。行こう!」
飛行機の中で寝ている雅を見ながら、さすがに夜はナカヨシしちゃうよね♡と少し緊張して沖縄へ。
たくさん買い物をして、たくさん美味しいものを食べ、観光もしました。
そして何も起こらないまま朝を迎えたのです。
何で?
大阪へ帰ってからもずっと気になり、思い切って聞いてみることに。
するといつになく真剣な表情の雅。
「ごめん。今は話せない。気持ちの整理ができたら話す。ちゃんと話すから待ってて。」
と考えてもみなかった話しぶりと答えで動揺しました。
私何かしたっけか…しばらく悩みましたが考えても分からないので考えるのはやめました。
思いもよらない理由
そして1週間後の夕方、近所のファミレスで待ち合わせすることに。
賑やかな店内でコーヒーを飲みながら、まるで今から別れ話をするカップルのような沈黙が続き、雅が重い口を開きました。
「俺、包茎やねん。」
「はい?ホーケー?」
「俺、包茎で手術せなあかんねん。皮の内側に垢が溜まるから風呂場に薬用の石鹸置いてるやろ?」
「うん。詳しく知らないから何て言って良いか分からんけど、できないってこと?前はしてたやん。」
「できないわけじゃないねんけど、一回凄い炎症起こしてなすびみたいに真っ黒になって、腫れ上がったことあってな、入院したことあるねん。オトンだけ知ってる。今思い出しても冷や汗が出るぐらい。今はちょっと怖くてそういう気持ちになれないねん。病院の先生からは奥さんには話さなダメやって言われててんけど、恥ずかしいし、嫌われたくないとか考えてしまって。黙っててホンマごめん。春頃仕事がちょっと落ち着きそうやから手術しようと思ってるねん。」
「大変なんやな。嫌われてるんかなって思って思い切って聞いてんけど、言いたくないこと言わせてこっちこそごめん。でも話してくれてありがとう。」
帰宅する道のりは、ちょっとスッキリした私とは対照的に、何となく重苦しい空気のままの雅。
何と声をかけたら良いか分かりませんでした。
今考えると、雅にとっては絶対立ち入られたくなかった領域に、私は踏み込んでしまったように思います。
いつも私を大切にしてくれている雅を信じて、待っていたら良かったのかもしれません。
冷え切った空気など流れていなかったのですから。